[已解决问题] 50沪元, 日译中
提问者: gyda1111 - Q籽一级  [收藏]
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ソクラテスが生きた時代、つまり紀元前450年頃、ギリシャ(Greece)は古典文化の黄金時代を謳歌している。文字を持つようになって、人類は言葉に呪縛される一方で、また同時に言葉によって自分を解き放つようになった。外の世界を受け容れると同時に自分の世界を築いて行くことができるようになった。
 時代が下って、紀元前165年には、「旧約聖書」が成っている。新約聖書ヨハネ伝福音書第一章に“In the beginning was the Words.”;太初に言葉ありき、とある。聖書は、時の王国に対し神の王国を建設する戦いの記録ではないか。
国の殷賑と言葉の定着とは密接な関係にある。反対に、言葉が乱れるとき、国も乱れる。いつの時代も同じだ。20世紀のことで言えば、60年代、ヴェトナム戦争(Vietnam War)の頃、アメリカの若者が、GI(government issue=政府配給品)として戦場に駆り出されていったとき、絶望に打ちひしがれた彼らの中に、マリワナなどのヤク(麻薬)が流行し、話す言葉にはfour letters (猥褻な言葉)が飛び交い、戦争の泥沼にはまり込んでいった。話を戻す。
紀元前221年、遂に秦の始皇帝は中国の統一を成し遂げると、春秋戦国時代まではばらばらであった文字に統一の箍をはめる。所謂「书同文」の命令である。小篆と言われる字体を標準文字として統一使用を命じたのである。篆書は後に隷書に整えられて行くが、隷書は現在の楷書に近い文字である。また、始皇帝は、度量衡や貨幣の統一も行っている。文字の統一をはじめ、これらの統一は国家を統べようとする強烈な意志の表明にほかならない。
前漢の史家司馬遷は何故《史記》を書いたか。宮刑に処された司馬遷。もはや男足りえぬ司馬遷。余甚或焉,傥所谓天道,是邪非邪?;天道は、是なりや非なりや、と苦悩し続けた。私は私の王でありながら、現実の世界に王たりえぬ惨めな司馬遷は幻想の世界で王になろうとした。想像としての国家を創造しようとした。文字によって国家を創造した。幻想の国家である。否、国家は幻想の産物でしかない。彼は、綿綿と、伝説の黄帝から漢の武帝までの国の興亡を記し続けた。紀元前91年に完成している。
日本では、文字によって国家というものが想像され形をなしてゆくのは、聖徳太子の時代になってからである。413年から502年に亘り倭の五王が南朝と13回通交したと「宋書」にあるが、4世紀中頃に成立されたとされる大和政権も諸豪族の連合政権に過ぎなく、国家と呼べるものではない。中国の属国あるいは一地方・県のようなものである。氏姓制度の呼称など、公の概念をあらわすには全て漢字を借用している。話し言葉は倭語が使われていたであろうが、書き言葉としての文字は漢字である。自らの文字を持たぬ民族が自らの国家をもつことは出来ない。国家の形成と文字の使用とは表裏一体である。国を造ろうとする主体は、必ず、国とはいかなるものであるか文字でもって定めなければならない。つまりは、法である。

所有回答(3)
難しい!
1年前 回答者: xizili - Q花六级
易しくない
1年前 回答者: z84875258 - Q芽二级
長すぎる!!!そして安すぎる!!!
1年前 回答者: yuyu808 - Q苗三级
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