[已解决问题] 谁来挑战"義経01中?没听写成功的部分"难度大
提问者: andiebogard - Q芽二级  [收藏]
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tudou 网上和youku网上有视频,大家可以试看(问号部分帮忙听写)

方々、まいる
敵や、敵だ
船を、御座舟を固めよう、首長をお守せよ
世に言う一の谷の合戦は幼い安徳帝と共に都を落ち、一端九州に退いた平家がその勢力を盛り返して今日?陣をしたのがこの一の谷、その陣に背後から騎士をかけたのが源義経様でございました、?や、平家の総大将は平宗盛様、この時一の谷を攻めた大将が義経様であることなど知るしもございませんでした。一の谷の東生田の森に陣を張っていた(御)弟平知盛様も重衡様もまた知られてございません。義経様と平家の公達様が?嘗ては丸で兄弟のような一時を(向かれた)のでございました、あの頃この日のように、敵に方になって戦うことになろうとは(思いも寄らない)ことにありましたろう。義経様と平家御一門の関わりは今から二十五年遡るでございます。その二十五年前と言いますのは幼名を牛若と申されていた義経様が生まれて直ぐの頃でございます。平時の乱に敗れた源義朝様を父にもつこの幼子達が母常盤様と共に今日の都から落ち延びたのが春、その逝く手を(幅模様)に降る雪は生まれたばかりのこの幼子の波乱の人生を予感させるようでございました
第一回 運命の子
その頃、朝廷をお守りする武士の中から源氏と平家が俄かに力を持ち始めたのでございます。その後、源氏と平家は次第にその勢力を広げ、朝廷や摂関家との繋がりを背景に国を二分し、ついに両者は今日の都で衝突したんでございます。それに平時元年のことでございまして、平家の統領平清盛様と源氏の統領源義朝様の覇権をかけた戦どもなったのでございます。しかし、平家の大軍の前に源氏軍は成す術もなく、その日のうちに敗れ去ったのでございます。
殿
常盤か、我ができないことになった、都落ちる
この子がこれが
牛若か
はい
常盤、子らを頼む
はい
さらばじゃ
義朝様、頼朝様親子は尾張を目指して落ちて行かれましたが、途中頼朝様は義朝様と逸れてしまい、散り散りに。
良いか、諸共、この後は(源氏の担当)、左馬頭義朝が一門悉く見つけ出し、?
都を落ちた義朝様は尾張の国に辿りつかれたもんですが。
俺は(言ったな)
左馬頭義朝様は尾張の国野間内海の(省)にて見方の裏切りに遭われて悲運の最期、逸れた頼朝様は源氏伝来の鬚切の太刀と共に御父義朝様を追って美濃にたどり着きました。
離せ、離せ
その頃常盤様と三人の幼子は都近くに住む常盤様の母関屋様を頼る途中にありました。平治の乱の直後、後白河上皇から恩賞の除目があり、平家の自領国はこれまでの五カ国から七カ国になり、平家の勢いは益々上り坂になったのでございます。
このたびのことでは、清盛殿には甚く骨折であったであろうが
はは
翌年、清盛様は?に?され、武士としては初めて公卿の列に並ぶことになり、これは正に平家の世の始まりとも言うべきことでございました。
所有回答(3)
占座
回家听……
1年前 回答者: vanhelen - Q根九级
没机会了,我是
1年前 回答者: shichua - Q花六级
1 京に迫り(今日?)
2 陣を敷いた(陣をした)
3 片や(?や)
4 公達様方も(公達様が?)
5 持たれた(向かれた)
6 思いもよらぬ(思いも寄らない)
7 京の都(今日の都)
8 左馬頭義朝が一門悉く見つけ出し、?没听出来。。。
9  常盤様の母関屋様を頼る途上にありました  
10 此度(こたび)のことでは
11 翌年、清盛様は正三位(しょうさんみ)に序せられ

1年前 回答者: 黛熊11 - Q花六级
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