[已解决问题] 日语成语"敬天爱人"是什么意思
提问者: pengwu520 - Q籽一级  [收藏]
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如题
所有回答(4)
尊重超越的存在和绝对的存在。珍重人。看重人。爱惜人。
1年前 回答者: zxmei327 - Q花六级
敬天愛人(けいてんあいじん)という言葉は、西郷隆盛が好んでよく使い、揮毫した言葉です。「天を敬(うやま)い、人を愛する」と読むのですが、この敬天愛人という言葉には、西郷の自己修養のための指針(目標)と、彼の信仰的とも言える天命への自覚という考え方が含まれています。

西郷隆盛是明治維新期の武士、政治家
1年前 回答者: beaver1 - Q苗三级
天を敬い人を愛すること

1年前 回答者: vanhelen - Q根九级
 安政5(1858)年11月16日、西郷は僧・月照(げっしょう)と共に、鹿児島錦江湾の海に投身自殺を図りました。薩摩藩の朝廷工作に関わっていた京都清水寺成就院の住職・月照は、井伊大老が行った「安政の大獄」により、その身が非常に危険になりました。井伊大老は、反幕府と見られる行動を取った人々を、根こそぎ捕縛しようとしたのです。月照は、将軍継嗣問題(13代将軍家定の跡継ぎを巡る問題)や前薩摩藩主・島津斉彬(しまづなりあきら)の率兵上京計画等に、薩摩藩と公家の近衛家との仲介役として大いに働いていた経緯があり、そのため幕府に睨まれる存在となったのです。そんな月照の身を案じた西郷は、月照を守るべく薩摩藩内に匿うことを計画しました。だが、薩摩藩第28代藩主・島津斉彬の急死により、薩摩藩の方針が大きく変わっていたため、薩摩藩政府は月照の庇護を拒否したのです。また、あろうことか、藩政府は西郷に対し、月照を藩外に追放するように命じたのです。安政の大獄の余波を恐れた薩摩藩政府の対応は、このように冷たいものでした。西郷は、月照が薩摩藩のためにどれだけの努力をしてきたかをよく知っており、薩摩藩には月照を保護する義理があることを藩政府に説明しました。しかし、月照を匿うことによって、幕府に睨まれることを恐れた藩政府の態度は、とうとう変わることがありませんでした。月照を藩外に追放するという藩政府のやり方は、西郷にとって許せないことだったのですが、薩摩藩士として、藩政府の命令に歯向かうことも出来ません。また、西郷としては、幕府の捕方がいる藩外に月照を連れていくというようなことも、当然の如く出来ませんでした。この事態に絶望した西郷は、月照と相談し、二人は相伴って寒中の海に身を投じたのです。
 結果、月照だけが絶命し、西郷は奇跡的に蘇生しました。一人生き残った西郷の苦しみというのは、いかばかりであったでしょう。共に身投げした相手が死に、自分だけ一人が生き残ったのです。武士として、そして一人の人間として、これほどの恥辱と苦しみはなかったことでしょう。西郷は気が狂わんばかりに、悩み苦しみました。今からでも月照の後を追って、死にたいとも思ったでしょう。現に西郷家では、西郷の周辺から、刃物類を一切隠したと伝えられています。そして、苦しみに苦しんだ末、西郷は一つの考え方に行き着くのです。

「こうして自分一人だけが生き残ったのは、まだ自分にはやり残した使命がある、だからこそ、こうして天によって命を助けられたのだ。」

 このように、天が自分一人だけを助けたのは、天が自分に何か大きな使命を与えているからだ、と考えることによって、西郷はようやく苦しみから抜け出すことが出来たのです。そして、西郷は、自分が天によって生かされたという、天命への信仰に目覚めるのです。この月照との一件が、最初申しました「敬天愛人」への思想へとつながっていくわけです。そして、この後、西郷はいかなる艱難辛苦を何度も味わおうとも、決して自ら命を断つということはしませんでした。自分の使命が終われば、天は自分の命を奪い去るだろう、天が自分を生かしてくれる内は、自分にはまだやらなければならないことがあるということだ。西郷はそのように考え、この月照との自殺未遂の後、西南戦争で城山の露と消えるまで、絶対自殺は考えませんでした。鹿児島出身で西郷研究の第一人者であった歴史作家の故・海音寺潮五郎氏は、この西郷の月照との投身自殺と天への信仰について、次のように書いています。
「月照との事件の後、さんたんたる苦悩の末に彼は敬天の信仰に達し、それ以後、彼は自殺は小我をもって天命を限定するものだと信じて、いかなる艱苦、いかなる恥辱にも決して自殺を思わず生き抜いてきたのです。」
 このように、月照との自殺未遂の末、天への信仰に目覚めた西郷は、天命というものを常に身近なものとして感じ、その天命をつかさどる天を敬うことによって、天の本質である慈愛というものを体得しようと考えました。当然、天というものは、人を平等に愛してくれるものなので、西郷は、一切の私利私欲という欲を離れて、天と同じように、仁愛の人になることを人生最大の目標とし、終生努力し続けたのです。

 これまで書いてきました通り、敬天愛人という言葉には、このように西郷の本質が語られていると言っていいでしょう。そして、西郷を理解するためには、この敬天愛人という言葉を理解することが必要となってくるのです。西郷が、最も清廉誠実な英雄であり、仁愛の人であったことは、この言葉の意味するものを考えれば、理解出来るのではないかと思います。


けいてんあいじん【敬天愛人】 天をうやまい人を愛すること。座右の銘とされることが多い。



1年前 回答者: 艳艳88373922 - Q果七级
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